2011年8月24日 (水)

ドングリキツツキ

きょうの新聞にドングリキツツキの研究の記事が載っていた。

ドングリキツツキは北米に分布。家族で大きな群れを作って暮らす。群れのうち繁殖するのは限られたペアで、残りは血縁関係のあるヘルパーである。何をヘルプするのかというと、餌であるドングリを収集し貯蔵すること。一つの群れは数千という数を、特定の木の幹に穴を開けて貯蔵・管理する。

今回の研究の成果は、ドングリの当たり年にはヘルパーの数が多いほど群れの繁殖成功率が上がる(ヘルパー1羽につき群れの新しい子の数が約0.7羽増加)。しかしドングリの出来が悪かった年は、ヘルパーがいる方がわずかに繁殖の成功率が低いことがわかったという。

考えてみれば、ヘルパーとて食わなければいけないわけで、ドングリの数が必要量より少なければ、本来ならヒナにいくべき食い扶持をヘルパーが消費してしまう分、繁殖効率は下がるわけだ。売上を伸ばそうと雇った余分の人員が経費を圧迫する構図である。

あと、ドングリキツツキで必ず思い出すのが新約聖書のこんな文章。 「空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません(マタイ6.26)」 そんなことないじゃん・・・まあイスラエルにドングリキツツキはいないから仕方ないんだけど。

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2011年5月27日 (金)

Birdwatcher's Guide to the Taipei Region

MRTで通勤していたらいいことがあった。駅のすぐそばに「自然境界有限公司」という店をみつけたのだ。ネイチャー&アウトドアグッズが置いてあって本もあり。 双眼鏡も売ってたので買おうかと思ったが、なぜかスワロフスキーなど高級品ばかりであきらめ。かわりにBirdwatcher's Guide to the Taipei Region という本を求める。台北市と郊外の鳥ガイドだ。

店の人と少しおしゃべりした。キューバにツアーに行ったり、米国のオーデュボン協会からゲストを招いたり、国際的に活動しているようだ。国内グループツアーもやってるとのことで、残念ながら今週末はないけれど、次はぜひ予約して来て、とのこと。

帰ってガイドブックを読むと、市内にも郊外にもけっこうスポットがあるみたいだ。やっぱり双眼鏡なくてもどこか行きたくなった。台北植物園が市内にあるわりにはいろんな鳥がいて良さそうだ。町中なのに、ズグロミゾゴイがすみついていて有名らしい。裸眼でどこまで勝負できるか?

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2011年5月25日 (水)

寄自野地的明信片

行天宮の少し先に本屋があり、字読めないけど入ってみる。表紙に美しい水彩で早春に芽吹く木が描かれた小さい本が目にとまった。 『寄自野地的明信片』 自然からの絵葉書、といったほどの意味らしい。台湾の各地の自然をスケッチしながらたずねた紀行本のようだ。各ページに水彩画の風景、鳥、虫や花が配されている。なかでも鳥は数多く描かれている。わくわくしながら買って、部屋に帰ってゆっくり見る。絵に添えられた漢字の文章から想像するに、こんな内容。

観音山、2004年7月26日: 観音山は、北上する猛禽類にとって台湾での最後の寄港地である。私はいつも北東斜面、三方を見渡せる位置に立っているタブノキの下にカメラを据え、木の葉で隠して隠密活動に従事する。そばの畑の手入れにやってきた老農夫は、藪にひそむスパイに気づいているのかいないのか、小型ラジカセで流行歌を聴きながらのんびりと土に鍬を入れている・・・ 赤腹鷹(アカハラダカだね)と鳳頭蒼鷹(Crested Goshawk、カンムリオオタカ/タイワンオオタカ)のスケッチがある。

金山、2005年5月10日: 金山の田んぼにきてみた。あそこに三羽いるのは水雉じゃないか!(絵からするとレンカクだ。)南部の生息地では厳重に保護されているくらい珍しいんじゃなかったっけ?しかし保護区というものも、厳格に運用すると経済の発展を妨げるという難しい問題がある。金山では鳥と人の間にそのような緊張した不安な関係はないようだ・・・

ページをめくるたびにあらわれる風景は山里、渓流、田んぼ、離島・・・どれも絵葉書サイズという小さい絵なのに、自然を目の前にしたときの喜びをそっくり運んできてくれる。こんな風にものが見えて、それを表現できたらどんなにいいだろう・・・

この本の世界をあらわす言葉がなかなかみつからなかったのだが、あとがきのタイトルに「安安静静的鳥世界」とあって、ああこれだと思った。今週末、双眼鏡がなくて鳥見にはいけないけど、この本があればいいや。中国語勉強して、テキストが読めるようになろう。

寄自野地的明信片  劉伯楽 ISBN 978-957-32-6192-6

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2011年2月12日 (土)

野鳥の羽図鑑

先日の謎の羽根、どうしても気になるのでこんな本を買ってみた『野鳥の羽ハンドブック』。一般的な鳥の主要な羽根が網羅されているので、今後も羽根を拾ったときに役に立ちそうなのではあるが、やはりハンドブックの限界で全身の羽根はないためにどんぴしゃはみつからない。これの親本というべきもので『原寸大写真図鑑 羽』というのがあるらしくて、惹句に”羽を極める一冊”とある。なにしろワシもハクチョウも入って原寸大だ。見たいけど一般人が買うようなボリュームと価格でもなく、大学の図書館にでも探しに行ったほうがよさそうである(地元の図書館には置いてなかった)。

かわりに『鳥の形態図鑑』というのも買ってみた。こちらは主な鳥の実物をもとに細密画で描いたもので、その克明さといい迫力といい図鑑好きも大満足の一冊である。死骸をスケッチした画もあるが、多くは保護された生体をもとに描いてある。普通のイラスト図鑑と違って面白いのは、人が手で保定した状態をそのまま描いてあったりするので、野外写真以上に臨場感があることだ。

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さて問題の羽根はオシドリ♂の肩羽ではないかと思っている。どちらの本にもオシドリの項目はあるが残念ながら肩羽は載っていない。ただこの二冊からわかることは ・オシドリ♂の風切(翼鏡部分)には緑の金属光沢がある ・他のカモ類の肩羽がこういう先の尖った形をし、根元の綿羽が長くて多い であり、また ・別の写真図鑑ではオシドリ♂の肩に緑と茶が見える。

拾った場所は普段オシドリなんか見かけないところだ。池がありカシの木立があるから条件はそろっているけれど、池にはカメラマンがたくさんいてオシドリが現れれば大騒ぎになるはずなのに、そんな話は聞かない。だから夜間に立ち寄ったか、または池の方には来ないでカシの木で採食していたか。あのとき頭上を見上げていれば、あるいはドングリの落ちている地表をフェンス越しに覗いてみれば、オシドリに会えたのか・・・

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2009年9月22日 (火)

東アフリカ・バードウォッチングガイド

8:30 晴れたり曇ったり 南西の風 蒸し暑い
まれに見る不作の日・・・オオヨシキリらしいのがぐぜっていた以外何もいないので帰って読書。

表紙やイラストの鳥が魅力的な A Guide to the Birds of East Africa  といってもガイドブックじゃなく小説。バードウォッチングをモチーフにした大人の恋愛コメディなのだ。それもかなり大人というか、還暦近い人々の。

主人公はケニアのナイロビに住むインド系実業家のマリック氏。ずっと以前に妻をなくし、野鳥観察を趣味とする彼は、毎週火曜日の探鳥会のリーダーであるスコットランド女性にひそかな恋心を抱いている。彼女は暗殺されたケニアの野党党首の未亡人でもある。

このところ薄くなった髪が気になるマリック氏が意を決して彼女を舞踏会に誘おうとしたまさにそのとき、ライバルが出現する。それもプレイボーイの同級生!妙な成り行きで、マリック氏とライバルは、エスコートの権利をめぐって「一週間のうちに見た鳥の種数」で決着をつけることになる。

つまり二人はビッグイヤーならぬビッグウィークを戦うわけである(ビッグイヤーとは、一年のうちに鳥を何種見たかを競う、やたらと時間と金のかかるスポーツ)。美しい鳥たちにいろどられた、恋のさやあての結果やいかに?各章のタイトルに描かれている鳥は、African Emerald Cuckoo;   Pale Chanting Goshawk;   Red-bellied Tree Duck;   Paradise Flycatcher  などなど。Fascinating, isn't it?

旧植民地のインド人社会には、イギリス風の優雅さが残っているらしい。二人の勝負も、社交クラブの裁定のもとに行われるのだ。紳士たちの馬鹿馬鹿しくも礼儀正しい戦いぶり、それにケニアの素晴らしい自然への愛と、あまり素晴らしくない政治への風刺が、ストーリーを心温まるものにしている。鳥好きのロマンチックな人に。ケニアに興味がある人にも(野生動物が有名だけど、野鳥の数も1000種近いそうな)。

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2009年7月31日 (金)

Into Thin Air

今読んでる本のタイトルが、以前に紹介したOut of Thin Air と対になってるというだけの話・・・かたや恐竜の進化、こちらはエベレスト史上最悪の遭難事故の話と、互いになんの関係もない。共通しているのはthin air = 低酸素濃度だけである。

同じ著者のInto the Wild は映画化もされたベストセラーだったから、それと同じスタイルで取材して書かれたノンフィクションだと思って買ったら、著者自身が事故の生存者だと前書きにあっておどろいた。彼や他の登山者が高度8000mで体験する高山病は、下界で想像するよりずっと恐ろしい。酸素が足りないと、基本的な生命活動が阻害される。食物を消化することさえできず、食事をとっていても飢餓状態と同じなので、体は自分自身を消化し始める。脳や肺が致命的なダメージを受けることもある。

大量遭難の直接の原因は天候の急変だったが、経験十分とはいえない登山者たちの体力と判断力を酸素不足が大きく削いでいく様子が生々しく語られている。(読んでいるだけで息苦しくなってきて、今週なんだか体調が悪いのはそのせい?)

われわれ哺乳類はこのような酸素圧の低下に適応するようにできていない。空間的にはそもそも垂直移動の能力が小さいし、時間的には恐竜が進化した頃のような超低酸素の時代をまだ経験していないのである。

鳥はこの点でずっと優れている。アネハヅルは8000mの峰を翼で越える。そんなことができるのは、恐竜から受け継いだ(あるいは鳥が恐竜に与えた、という説もあるが)呼吸システムがあってのこと。体じゅう、骨の中にまである気嚢に空気をため、しかも非常な速さで換気ができるガス交換系が、薄い空気の中での激しい運動を可能にしている。ほんとうにすごい生き物なのだ。これを読み終えたら、Out of Thin Air を読み返してみよう・・・気分が良くなるはずだ・・・

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2009年6月13日 (土)

蜜蜂の生活

『ハチはなぜ大量死したのか』が売れているらしい。世界各地でミツバチの失踪が問題になっていて、ウィルス、寄生虫、農薬、さまざまな原因が考えられている。邦題はその謎解きの部分を強調するかたちになっている。

そういう読み方もある。が、どちらかというと著者がいいたかったのは、そのように問題を個別の要因に還元するアプローチを捨てよとの提案であろう。

原題の Fruitless Fall  (実りなき秋)はレイチェル・カースンのフレーズであり、Silent Spring (沈黙の春)と対をなす。昆虫を中心とした花粉媒介者がいなくなれば、木々や草に実はならない。森は針葉樹だけとなり、われわれの食卓はイネ科植物由来の食品に頼ることになろう、という警告である。

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ミツバチは、いうまでもなく花粉媒介業に特化した生物。大昔に祖先が花々とかわした契約を誰よりも真剣にうけとめ、忠実に(過度なまでに)実行してきた。被子植物の繁殖に貢献しようとするあまり、みずからの繁殖方法をかなり特殊なものとしてしまったほどだ。

 

2009061302_2 かれらの生活は、自然がわれわれに課した有性生殖という縛りにたいする一種の挑戦といえる。知れば知るほど、個体とはなにか、性とは何かがわからなくなり、当たり前のことと信じている世界が揺らぐ。

 

2009061303_2 ミツバチの生活についてはほかにも魅力的な著作がある。メーテルランクの『蜜蜂の生活』 La Vie des Abeilles は100年とすこし前、科学と文学が一体だった時代の出版。このあとの100年間、科学はひとり突っ走って文学をおきざりにしてきた。詩人がいまの蜜蜂の状態をみたら何というだろう。おそらくジェイコブセンの主張に同意するのではないだろうか。

生物の最初の授業で、花を観察するときは訪れる昆虫に注意するように教わった。今後、ポリネーターを無視して花だけを愛でることはすまい。それが何万種という美しい花々の、たった一つの願いなのだから。

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2008年6月15日 (日)

ココカン・マリン (リュウキュウヨシゴイ)

ココカンとはインドネシア語でサギ類一般のこと。鳴き声を模した名前なのだろうが、なんだか可愛い響きだ。こんど3年ぶりにバリ島へ行こうとしているので以前のエントリーの続きを書こうと思う。

ある日ゲストハウス裏の田んぼを散歩していると、「カカカカカカカッ」という尻上がりの奇声がどこからか響いてきた。あたりを見回してもいちめん青い稲がなびいているばかりで、声の主は見えない。変な声、と笑っていたら、畦道に腰を下ろしていたお爺さんが "ありゃ、Malingだ" という。

マリンって何だ?そのときはなんだか分からず、鳥かどうかすらも分からなかった。宿に2008061501 戻ってBirds of Bali という本を参照。美しいイラストと、バリの鳥と自然への愛情あふれる文章が一体となったすばらしい本だ(だが、残念なことに索引がない)。これをつらつらと読んでいると、帰国する頃にKokokan Maling という項目にいきあたった。Maling とは泥棒のことで、警戒心が強く人目を避けるこの鳥の習性を、やましいことを企んでいると見立てたものだという。

で、肝心の種名はというとCinnamon Bittern とある。まだ鳥を見はじめた頃だったので、イラストでサギっぽいということはわかってもこの時点では正体不明である。家に帰ってから、英名索引のある図鑑を持っていなかったので『コンサイス鳥名辞典』(テキストのみ。誰が何のためにこんな辞典を作ったのだろう)にあたり、やっとリュウキュウヨシゴイという和名にたどりついた。

さいごに手持ちの図鑑でリュウキュウヨシゴイの写真をみると、夜に部屋の下に飛んできていた赤茶色の鳥であった。というわけでこの鳥は近所に生息していないにもかかわらず私のライフリストの最初の方に載っているのだ。なかなか正体がばれなかったのはさすがに泥棒である。怪盗ココカン。

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2008年3月20日 (木)

空飛ぶ恐竜

このあいだ読んだ『恐竜はなぜ鳥に進化したか』 の中で、Dinosaurs of the Air という本が紹介されていた。現在では鳥類は恐竜の子孫であるというのが通説だが、この本の主張は、かならずしも恐竜→鳥という順番であったとは限らない-むしろ恐竜の中でも獣脚類には鳥類と共通の空飛ぶ祖先がいて、ベロキラプトルやオビラプトルはそれが飛ぶ力を失ったものなんじゃないか、という説らしい。えらく大胆に聞こえるが、鳥好きには気になる仮説である。

翻訳が出てないらしく原書で買うかどうか迷ったけれど、なにしろ著者は恐竜学者・兼・恐竜画家で美しいイラスト満載というのでつい注文してしまった。編集者レビューには一般読者でも楽しめると書いてあるし、ま、なんとかなるだろう。本当はまだ読んでないからおすすめリストに入れるべきじゃないのだろうが・・・表紙の絵が魅力的で届くのが今から楽しみなので載せておく。

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2008年2月24日 (日)

Out of Thin Air

今週末は強風にたたられて出かけられそうもなく、読書。『恐竜はなぜ鳥に進化したのか』地球の過去の大気組成に注目して、呼吸システムから恐竜と鳥の進化を説明した新仮説である。

20年前、『ジュラシック・パーク』の頃は、恐竜は温血で活発に走り回っていたという仮説が注目されていた。しかしその後、主流の意見は当時の酸素濃度を考えると恐竜のエネルギー効率はそれほど良くなかったはずという方向に傾いていたはず。

が、この本では恐竜も鳥と同じような含気骨にくわえて気嚢を持っていたのではないかという。そして効率的な呼吸器官のおかげで、哺乳類ならのろのろとしか活動できないような薄い空気の中で敏捷に行動できたと推測する。そこまでできていれば空を飛ぶところまであと一歩。一方で、一部の恐竜は防寒のため発達した羽毛を持っていた。つまり鳥は鳥になる前から飛ぶ準備ができていて、なるべくして鳥になったということ・・・

もし酸素濃度の移り変わりの歴史が違っていたら、今のような哺乳類の時代はついにやってこず、「空にも、陸上にも、海中深く潜っても、多様で信じられないほど美しい鳥の世界ができあがっていたかもしれず(p13)」、われわれは道を歩いていてダチョウの化け物に襲われたり、翼開長10mのノスリにさらわれたりする危険に怯えて暮らしていたかもしれない。恐ろしいがぜひ体験してみたい世界である。

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