2018年8月17日 (金)

灯籠流し

近所で灯籠流しを毎夏やっているのを、なんとなく知りながら今まで見に行ったことがなかった。場所はふだんカルガモやカワセミを観察している小川である。初めてでカメラの設定もよくわからないけれど、花火よりは暗いかなぁなどと思いつつ行ってみた。

午後6時半から法要や神事などが行われる(多宗教の祈りの会なのだ)。7時、まだ空に光が残っている頃に灯籠が水面に浮かべられ、流れ始める

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水の中に人が立ってると思ったら、川岸にとどこおる灯りが先へと流れるのを手助けする役目だった

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つまりは迷える魂の案内人である

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川岸に人が増えてきたため、橋の上へ移動して遠景。奥の光と煙は花火のもの

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終了間際。流れてくる灯籠は下流で人が待ち構えていて回収するのだけれど、そこからこぼれ落ちるようにさまよい出す魂がいくつか

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2017年10月 9日 (月)

粟田神社祭礼 神輿

そうこうするうちに日が暮れてきた。宿に帰っても寝るだけなので、偶然出会ったこのお祭りをもう少し見ていくことに。

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あたりがすっかり暗くなった6時前、本殿の前で神輿のお練りが始まった。「ホイサ、ホイサ」の掛け声とともに、御神輿が激しく揺り動かされる。

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会長さんの微動だにしない後姿に惚れた… 手拭いの巻き方もさりげなく格好いいではないか。

粟田神社祭礼 剣鉾

ちょっとだけ京都に来ていて、午後に用事が終わったので三条大橋から祇園方面まで歩くことにした。

どう行こうかと思いながらなんとなくまっすぐ東へ進んでいくと、東大路を越えたあたりから粟田神社祭礼の幟や、通り沿いの祠に供え物が積まれているのが目に付くようになった。

神宮道まで来たら交差点が交通規制されている。ちょうど平安神宮の鳥居の方から祭礼の列が下がってくるところだったので驚いた。

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鉾のてっぺんの剣先は薄い金属でできていて、差し手が調子をつけて歩くにつれ前後にしなって揺れ動く。磨かれた表面が午後遅い陽を反射してきらきらと輝く。

そして澄んだ鈴の音が空から響いてくる。剣下の飾りの根元には小さい鐘がついていて、やはりリズミカルに棹に当たって涼しい音をたてるのだ。

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全部で六基の鉾が通り過ぎた後に御神輿がやってきた。剣鉾は神輿の先導として、剣の動きと鈴の音で邪気を払い道を清めるのだそうだ。

薄くするとしなうこと、澄んだ音をたてること、いずれも金属の特性だと思ったら、ここは鍛冶の神様だというから納得である。

・・・というのは、後で聞いたり読んだりして知ったこと。見ている間はただ驚いてシャッターを押すばかり。

でも写真だと音が分からないよな、と思い至ったのはみなが通り過ぎた後。さいわい、神輿渡御の後からついて境内まで登ったら(神社は結構な崖の上にある)、鉾差しのお披露目があったのでビデオに切り替え。

ううむ、音だけ聞いていると日本じゃなく東南アジアかどこかみたい。バリ島のお祭りを思い出す。だけど考えてみると祇園祭だってコンコンチキチンと賑やかだ。ちなみにここは八坂神社の末社でもあるらしい。

周りには祭礼を専門に撮り歩いているという人達もいた。私もお仲間と思われて声を掛けられ、「実は通りすがりについて来まして…」というと驚かれた。剣鉾の出るほかのお祭りや、差し手が貴重なこと、地元町内の組のほかに、市内のよその地域から来ている組もあることなどを教えてもらった。

2017年7月15日 (土)

花火

花火をビルの高層階から見る、という機会があり、カメラを持って行ってきた

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手持ちのまま適当に振り回すだけで色々な形がとれて楽しい!

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2017年6月13日 (火)

ちおいん

旅館の横からさらに上へ登る道もあったけれど、時間がないので降りることにする。おすすめ観光ルートであれば、もと来た公園を通り抜けて神社へ行くところだけれど、今回は仏教寺院で締めくくりたかった。だから出発点のお寺の裏口から入り、境内を抜けて山門から出る。

ここの山門は国宝である。朝7時台、観光客はまだ到着していなくて写真も撮りほうだい。

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山門のすぐ外から境内へ登る石段を振り返ったところ。

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それで、なぜ神道より仏教が好みなのか、という話だった。ものすごく単純化した自分なりの理解によると、宗教とは自然の力に翻弄される人間がそれに適応するために編み出した方法である。災害にあったり、病気が流行ったり、そういう苦しみをどう防ぐのか。

そのために自然の力の水脈がどこにあり、いつ・どう働くのかを読み解こうとする努力が神道である。そして儀式の持つ魔術的な力によってそれを操り、自分たちにとっての苦のもとを防ごうとする。アニミズム的な考え方だけれど、自然を客体として見る態度は近代の科学にも似ている。

仏教は逆に内へ向かう。自分の心を突きつめて解放すれば、現世のいかなる苦も苦とはならぬ。それには「仏様、お願いします」とひとこと祈ればいいのだ。いとも簡単ではないか(その辺の方法論は宗派によるけど、ここのお寺は「ただ祈れ」派である)。

こちらの方がずっとシンプルだし知的だ。奈良時代にこの思想が輸入されたとき、それまで神道的な考えになじんでいた人たちにはものすごく洗練されたモダンなものと映っただろうとは想像できる…その驚きは、故郷を再発見しつつある自分のものでもある。

ねこぼう

昨日のつづき。今回泊まった場所と、そこから歩き回ったのは東山のふもと、とある大寺院の境内ともいえる狭い範囲。かかった時間は朝5時からの2時間ほど。だけど観光客でにぎわう繁華街からサルやムササビの出る山中までにまたがっている。

まずは街から。こちらは公園内にある有名店の看板にいた親子

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おなじく公園内、明治時代の名建築。ピンクの外壁が朝日に映える。右はそこから少し坂を登ったところにあるきのうの墓所、ボダイジュの下からながめる景色

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墓所の裏からさらに細い坂道を登る。だんだんと緑が濃くなり、空いっぱいにかぶさる木々の下に、由緒ありげな料亭や小さいお社などがひっそりと建っている。

さらに急な石段を登ったところに小さなお寺があった。境内ではキビタキがさえずっている。出発点から直線距離で500メートルも離れていないのに、もうすっかり山の中の環境である。

石段の上から市街と西方を望む

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お堂の外にあった貼り紙がなんとも可愛い。「烏やお猿がいたずらしますので扉を閉めてあります…ご自由に扉を開けてお参りください」 『鳥の仏教』のような、仏様の前で動物や鳥たちが遊んでいる図が浮かぶではないか。

右はその近くでとっても気になった旅館。帰ってから旅館のホームページを探して見ると、フクロウやムササビも訪れるとある。泊まってみたい…

このあたりの雰囲気は、バリ島のティルタ・ガンガや、ラオスのルアンパバーンにも少し似ている。いずれも古い都であること。山と街が近いこと。大きなお寺があること(バリはヒンドゥ寺院だけど)。

山道を降りながらこの組み合わせについてちょっと考えてみた。京都の街は三方を山に囲まれ守られている。余所者からは攻め難いし、琵琶湖から吹く冷たい風や雪もさえぎられる。

ただし、山は脅威でもある。災害、山に棲むけものや人ならぬ者たち。それらから住民を守るために、東山の麓には大きな寺院が並ぶ。水も漏らさぬ布陣といえる。

もうひとつ。この麓には大きな神社もある。ただ自分は典型的な無宗教の日本人だけれど、お寺の方がずっとなじむというか安心感がある。どう違うのか?それは次回、帰り着いたお寺の境内にて…

 

2017年6月12日 (月)

ボダイジュの花

法事のため故郷の街に帰ってきた。お寺の境内にボダイジュの大木があって満開。小さく黄色い花の房が枝先にびっしりついている。見ためは目立たないが、強い芳香があたりに漂う。

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ボダイジュは仏教で大切にされる木だ。お釈迦様が木陰で悟りを開いたというインドボダイジュの代わりに植えられている。(本家の方は植物園の温室にある。まったく別系統な上に似てないけど。)

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木に咲く花は好きなのに、いつもながら思ったように撮れない。でもこれから毎年この時期に来ることになるだろうから、少しは上手くなるかも…

翌日までいる予定なので、午後はホテルの部屋に荷物を置いて散策する。故郷といえど泊まるべき実家は今年からなくなっており、宿をとって滞在するのは不思議な気分だ。

自分はもと住人であり土地の言葉も喋れるのに、あまたの外国人観光客とおなじ訪問者の一人になってしまった。寂しい気がする一方で、自由になった感じもする。

観光客の目になって歩き回る。水路ぞいの道や、有名どころの寺院。

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右の庭ではキビタキがさえずっていた。ここは街と山が近い…というか、山のきわに街を作り、結界としてずらりとお寺を並べてあるのだ。

子供のころ住んでいた家は同じ山並みの先にあった。やはり大きな禅寺の裏で、托鉢僧が各戸を回ってくるようなところ。

そうか、こういう自然と街とお寺が隣り合っている環境を居心地よく感じるのは、育った場所の影響なのだ。翌日はこの「山・街近接」をもう少し探求するべく、早朝から出かけるつもり。


2012年5月 7日 (月)

ブラックバード、アーリーバード

エナガで盛り上がっている地元を泣く泣く後にして蘇州へやってきた。今回はクロウタドリ (Eurasian Blackbird) の声を楽しみにしている。ビートルズのBlackbird 「ブラックバード」に入っている鳥の声だから、それと知らずに耳にした人は多いかもしれない。

クロウタドリという語感からは美しい旋律を連想するが、実際に聞いてみるとわりと地味。クロツグミの方がずっと華麗な節回しと艶のある声質を誇っている。

「ブラックバード」といえばまずアコギ、それにユニゾンの歌と足拍子だけの構成だ。クロウタドリのさえずりはこの曲の抑えた熱情によく似合っている。思わず聞き惚れるような美声ではないけれど、素朴で愛らしい。何やらごちゃごちゃつぶやいている合間に、ときどき美しいトリルが混じる。控えめな歌の中に春が来た喜びとか不安とかいろんなものが込められているところは、日本で聞くツグミのさえずりと同じだ。

図鑑によると歌詞のとおり朝まだ暗いうちからさえずるのだそうだ。だが残念ながら明け方に下りていってみても鳴いてなくて、6時頃にもう一度行ってやっと聞くことができた。できることなら中国の公園なんかじゃなく、イギリスの田舎の庭で聞いてみたいものだ。(ヨーロッパ亜種とアジア亜種では鳴き方もすこし違うらしい。)

地鳴きは調子外れの笛のような声である。イーグルズのEarlybird  「早起き鳥」に入っているさえずりを思いだす。(もっともこちらはたぶん本物の鳥じゃなくおもちゃの笛だ。それにクロウタドリはカリフォルニアというか新大陸には分布していない。)ついでのことに、イーグルズの同じアルバムにはNightingale  「ナイチンゲールの歌」という曲も入っている。鳥づくし。

・・・それはともかく、本物のクロウタドリはそこらで普通に繁殖していて、公園内に何ペアもいるようだった。雄は真っ黒な体にオレンジ色のくちばし、雌は褐色。立木の中にいた巣立ち雛は上面褐色、下面汚白色に褐色のまだら。両親が口いっぱいにミミズをくわえて運んできている。

その他、

タカサゴモズ ― タイサンボク(たぶん)に親が入っていくと中から餌をねだる雛らしい声がするが、近付くと親の緊張と警戒がありありとわかるので遠巻きに見るだけ。

ダルマエナガ ― だいぶん前のエントリーで「小さくてピンク色のなんだかわからない鳥」と書いている種類だ。くちばしが短く見えるのはインコのように曲がっているからで、ダルマエナガ類の英名はParrotbill という。果樹(桃?)の並んでいる中に巣があるっぽい。

2012年3月14日 (水)

蘇州でコイカル

3月13日

ひさしぶりに蘇州へ来たらめずらしく青空の見えるよい天気だ(それでもなんとなく霞んではいるのだが)。気温は6度と低い。去年の2月に公園でヤツガシラを見たので再会を期待していたけれど会えなかった。たくさんいたツグミの類(カラアカハラ、クロウタドリなど)も皆無。ここでも冬が終わって春が始まろうとしているようだ。

シロガシラはいつも通りたくさんいてピッキョロキュ、ピッキョロキュとさえずっている。タカサゴモズも健在。藪から聞こえるチッ…チッ…という声は予想通りアオジだった。そして高いところを飛ぶカササギ。

水辺のちょっと高い木に頭の黒い鳥が3羽とまり、キーコーキなどと鳴いている。くちばしは黄色いが黒いまだらがあり、頭の黒い部分は頭巾をかぶったように見える。コイカル雄だ。(イカルは黒い部分がもっと小さいが、なぜか逆に灰色のタートルネックを眼の下まで引き上げているように見える。)このあたりでは夏鳥ないし旅鳥らしいので渡ってきたばかりだろうか。

水面を20cmくらいの茶色いものが泳いでいてカイツブリかと思ったらネズミであった。サギ、カワセミ、カイツブリなどは一度も見たことがない。魚が住めない水なんだろうなぁ。

2011年11月 3日 (木)

シンガポールの鳥

ちょっとだけシンガポールへ来ている。自由になる時間はあまりなくて、朝ホテルの前のビーチを散歩するくらいだけれど、初めての鳥にいくつか会った。

さいしょはココナツの幹にいきなり派手な鳥、背中と翼が金色をしたキツツキだ。頭が赤い個体と、黒に白斑のがいる。顔は白黒の縞(白い眉、黒の過眼線、白い頬、黒い顎線、白い喉、黒い正中線)、翼の縁は黒、腰は赤、尾は黒、下面は白黒まだら。ネムの木では樹皮の下の同じ場所に何度もくちばしを差しこんで、樹液を吸っているようにも見えた。(あとで調べたところ、Common Flameback ズアカミユビゲラのオスとメス。)

さっきから何かが高い木の中でプエオ、プエオと呼んでいる。7階の部屋からでも聞こえるくらい大きくてよく通るいい声だ。声質もさることながら、ちょっと寂しげなメロディの調子がだんだん悲鳴のように切羽つまってきて、唐突に止むところが印象的だ。正体は40cmくらいの黒い鳥、ルビーのような赤い目でこっちを見おろしている。白っぽいくちばしのちょっと湾曲した形や、声の質などがいかにもカッコウ類の感じ。 (こちらはAsian Koel オニカッコウ。)

その後ろに鮮やかな黄色の鳥が来た。アイマスクと翼の先が黒く、くちばしがピンク。これは図鑑で見て覚えている Black-naped Oriole コウライウグイスだ。東南アジアではペットショップでもよく見かける。オニカッコウと似ているがもう少し可愛らしい笛のような声で鳴く。

空を見上げると Brahminy Kite シロガシラトビが2羽、海から背後の山へ向かっていくところだ。頭から腹の中ほどまでが白くて美しい飛び姿。

このあとは小鳥。ココナツの葉の上に、上半身が紅色、残りが紫がかった灰色の小さい鳥。 (Crimson Sunbird)

あとは上面がオリーブ色、下面が黄色の、やはりタイヨウチョウのたぐいかな?木の上だとなかなか全身が見えなくてよくわからない。明日はどこか花のある場所を探して待った方がよさそう。

そろそろ時間なので引き上げないといけない。そこら中にいる鳥も一応あげておくと、Spotted Dove, Pacific Swallow, Yellow-vented Bulbul, Javan Myna, Common Myna など。

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