2010年7月 3日 (土)

ハワイイ島旅行記: Aloha Friday

双眼鏡を買った翌日からハワイイ島へむかい、28日に帰ってきた。例によってハンドルが向くままの気ままな旅だ。車に乗っているときにはずっとラジオKAPA Hawaiian FMをかけていた。Home of Hawaiian Music という、コンテンポラリー・ハワイアンのおすすめ局である。空港でかかっているような陳腐なハワイアンじゃなく、地元で人気のポップスばかり。

先週金曜の夕方5時、キラウェア山を降りて11号線をヒロに向かっていたときにかかったのが、「金曜日だよアロハ~月曜まで働かなくていいんだぜタララララ~」という脳天気な歌。つい一緒に口ずさんでしまうけれど、よく考えると自分は休暇中だよね・・・?

帰ってきてからKAPAは http://www.kaparadio.com/ で聞けることを発見してきょう家でかけていたら、ちょうど昼に同じ曲が流れてきた。そうか、むこうでは金曜の5時なんだ。クレジットは Kimo Kahoano - It's Aloha Friday, No Work till Monday.  いまは来週のビッグアイランド・ハワイアン・ミュージック・フェスティバルの広告をやっている。行きたかったなぁ・・・

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2010年6月24日 (木)

ハワイイ島旅行記: ワイメア~ハヴィ~ポロル渓谷

6月23日はプナルウ・ベイクショップで買い物をしたあと、キャプテン・クック近くで宿泊。翌24日はコナを素通りして島の最北端へ行く予定。途中、牧場の町ワイメアにある Hawaiian Style Cafe の昼食が目当てである。一皿2000キロカロリーはありそうなローカルフードの数々・・・

2010062501 北の果ての町ハヴィは、土産物屋やブティックが並んでいるだけのなんということのない場所。ここもかつては製糖で栄えたというが、今はその雰囲気はない。

通りを歩いているときに、小さめで白っぽい猛禽が上を通り過ぎていった。おそらく 'Io (ハワイノスリ)。

そこからさらに進んでポロル渓谷へ。車の通れる道はここの断崖絶壁の上で行き止まりだ。下に見える小さい浜まで崖を歩いて降りられるようになっている。風が強く、塩っぽいしぶきが空気を満たしている。運が良ければハワイモンクアザラシも見られるという場所だが、島南端のウミガメほど簡単に会えるものではないようだった。(かわりに何か海生哺乳類の死骸らしきものが浜に打ちあげられていた・・・うぇぇ)

このあと再度ワイメアを通って島を半周し、ヒロに戻る。着いたのは夜なのに泊まるところを確保してなかったが、思いつきでリゾートホテルに立ち寄って交渉してみたらオーシャンフロント6階の部屋がお安くなった。ラナイ(バルコニー)の下に潮騒を聞きながら寝る。

(2010年9月17日作成の記事をバックデート)

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2010年6月23日 (水)

ハワイイ島旅行記: プナルウ

今週号の週刊文春の表紙は、キラウェア山で見たのと同じNene Xing の標識だ。

パハラを後にしてさらに山腹を下っていくと、11号線は海岸に出る。あたりはカウ・デザートと呼ばれる荒地である。溶岩原にしょぼしょぼしたオヒアが生えているか、草地があって牧場となっているかのどちらかだ。

2010062404 島の最南端ちかくにプナルウというビーチがある。黒い砂と、アオウミガメが採食&休息にやってくることで知られている。どんな状態かと思っていたら、普通に人々が泳いだりボディボードやったりしている横でウミガメが甲羅干ししているのだった。

2010062403 砂浜の横には岩場があって、そのあたりの波間をよく見ると何頭ものカメが波に翻弄されながら泳いでいる。岩に生えた海藻を食べているのだ。そして時折ぴょこっと顔を出して息継ぎする。これは・・・?ヒロの海岸で見た黒い頭と同じ!あれはアザラシでもカワウソでもなく、ウミガメだったのだ。

おなかいっぱい海藻を食べると、砂浜に上がってきて体を温める(ウミイグアナと同じく、消化を助けているのでは)。下の写真では、左側の個体はすっかり温まって乾いているが、右側のは海から上がってきたばかり。「どう?」「うん、いい具合」とか会話してるみたいだ。

2010062402_2

アオウミガメはハワイ語でHonuという。そして州法で保護されている(野生のウミガメの15フィート以内に近づいてはならない)。ここでもっと個体数の少ないタイマイも見られることがあるらしいが、この写真の二頭はアオウミガメだ。見分け方は目と目の間のウロコの数。アオウミガメは2枚、タイマイは4枚。

(8月8日作成の記事をバックデート)

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ハワイイ島旅行記: パハラ~ウッド・バレー

11号線を南西へ向かい、キラウェア山を降りる。中腹のパハラという町で朝食を調達する予定だったが、目当てのレストランは閉鎖されていた。パハラは昔大きな製糖工場があったところ。日本人移民がサトウキビ畑で働き、生産された砂糖はプナルウの海岸にある港から出荷されていた。

現在のパハラは、製糖工場跡のそばの「中心街」にガソリンスタンド、銀行、ジェネラルストア、閉鎖されたレストランが並び、少し先に学校がひとつあるだけ。眠っているような街だ。

2010062401_2 少し行った山の中に仏教の寺院があるというので行ってみることにする。マカダミア農場や牧場を抜け、川を渡り、林の中へ入ったところにあったのは南アジア風な色使いのお寺であった。境内の林には色とりどりの旗(prayer flags)がはためいている。奥から現れた僧によると、チベット仏教のお寺だという。このお坊さんは40年近く前にチベットからインドへ逃れ、西海岸を経てハワイへやってきたのだという。それも波乱万丈の人生に違いないが、それ以上にこの寺院の歴史も少し驚くものだった。もとは日蓮宗のお寺だったというのだ。以下、このお坊さんから聞いた話。

20世紀初頭、パハラのサトウキビ畑で働く日本人移民たちは仏教の信仰を守っていたが、皆でお参りするところがなかった。このため自分たちで寺を建てたいと製糖会社にかけあったが、願いは聞き入れられなかった。かれらはそれでも信仰を保ち、お寺を建てる場所を探しつづけた。ついに人里離れたところに誰も使っていない土地を見つけて再度会社に請願した結果、年間5ドルの賃借料でそこを借りられることになった。

それからは厳しい労働の合間に自分たちの手で少しずつ建物を作り、やっと仏様をお迎えした。お寺は日本人コミュニティの中心の役割を果たしていたに違いない。境内には「日蓮宗近代開教発祥の地」の碑がある。しかし、ハワイの製糖産業は安価な中南米産砂糖との競争に押されて衰退しはじめた。最終的にパハラの製糖工場が閉鎖されたのは1996年だが、それよりずっと以前の60年代には、日本人労働者の多くは雇用のあるヒロなどの市街に移住していた。日蓮宗のお寺もヒロに移され、パハラの寺院は廃墟となりジャングルに埋もれた。

そして1970年代、チベット僧たちがハワイへやってきた。民俗学者の力を借りて廃寺を探し当て、ジャングルを切り開き、建物を修復し、いまの色合いに塗りなおした。賃借料はあいかわらず年間5ドルだったという(製糖工場の閉鎖とともに土地は売却された)。現在は、本堂の脇にリトリート・センターがあって、瞑想のクラスなどが行われ、ゲストハウスにもなっている。

この、ウッド・バレー寺院の由来はガイドブックにもほとんど載っていない。一部は寺院のウェブサイトhttp://www.nechung.org でも読めるが、ホームページはチベット仏教の教義と同じようにこみ入っている。

(8月2日作成の記事をバックデート)

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2010年6月22日 (火)

ハワイイ島旅行記: キラウェア&バード・パーク

6月22日

キラウェアでの宿はネットで調べてVolcano Innをとった。オヒアとシダの森の中に簡素なロッジが数棟。Corner Windowの部屋は、大きな窓のすぐ外までその森が迫っている。

2010062201_2 チェーン・オブ・クレーターズ・ロードを降りてみることにする。カナダガンがハワイに漂着して固有種となったNene に会いたいのだが、けっきょく見つからず。←こんな道路標識があちこちにあるんだけどなぁ・・・

溶岩原を通り、海を見下ろす急な崖を降りたところではやはり固有種の Black Noddy がみられる。全身黒くて頭だけ白っぽいアジサシだ。ただし、普通種のBrown Noddy との識別は難しいらしい。前回は黒いアジサシをたくさん見たが今回はあまりいなくて、どっちだと確信するにはいたらなかった。

2010062202_2 翌日は国立公園の敷地から少し先のKipuka Puauluに行ってみた。キプカとは、熱帯雨林の上を溶岩が流れたときに、島のようになって取り残された森のこと。ここのキプカは野鳥が集まっていることで知られバード・パークの別名で呼ばれている。

森には固有種のユーカリ類Koa が生えている。昔、丸木のカヌーを作るのに使われた木だ。樹皮は白っぽく、葉は鎌形の不思議な形をしている。材は美しい縞目があり、現在は家具や工芸品によく使われる。(大木は少なくなっているので家具類はとんでもなく高い。食器類も街中のブティックだと高価だが、ロードサイドの店でいくつかお得にゲットした。)

2010062302 オヒアもたくさんある。花が黄色い変異個体も。ほとんど大木なので、アパパネ達も高い梢を飛び回るばかり。地面に何か動くものがあると思ったら、移入種のKalij Phesant のつがいだった。オスはキジらしい青い羽に赤いアイパッチ。メスは茶色のまだら。じっとしていると人間などいないかのように足元を通り過ぎていった。この近辺でもNene はみつからず。

2010062303 帰り際に、最後の希望をこめてジャガー・ミュージアムまで行ってみたが空振り。かわりにハレマウマウ・クレーターの噴煙にかかる虹がみられた。これでよしとするか・・・

(8月1日作成の記事をバックデート)

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2010年6月21日 (月)

ハワイイ島旅行記: キラウェア・イキ

6月21日(月)

キラウェア火山国立公園は現在、ハレマウマウ火口からの亜硫酸ガス噴出が危険なレベルに達したため、西半分が閉鎖されている。普段はクレーター・リム・ロードを一周できるのにたいし、今は北側はジャガー・ミュージアム、南側はチェーン・オブ・クレーターズ・ロードまでしか行けないのだ。

2010062101 今朝は快晴。ジャガー・ミュージアムの展望台から、立ち上る噴煙を眺める。ただの白煙ではなく青白い色をおびていて、たしかに身体に悪そうな感じがする。

その噴煙の下に、白い鳥が数羽舞っているのが見える。アジサシのような翼の形に二本の長く白い吹流し。シラオネッタイチョウ、ハワイ名は Koa'e Kea  だ。クレーターの底に降りたりしているが大丈夫なのか。

2010062102 午前中はサルファー・バンクスなど見物。午後はキラウェア・イキ・クレーターを歩いて降りる。クレーターの縁はオヒア・レフアの咲く熱帯雨林。オヒアは固有種の植物、溶岩原に適応していて、島の南側には特に多い。環境によって、ほんの30cmほどの茂みから20mを越す高木にまで姿を変える生命力が印象的だ。レフアとはこの木がつける赤いブラシのような花のこと。この花の蜜が、何種類ものハワイ固有種のミツスイ類を養っている。

レフアのような赤い体に白い下腹が見えたら 'Apapane  。いちばん普通にいる種類。全身赤くてくちばしの黄色い 'I'iwi  は数が減っているそうで一度も会えなかった。灰緑色のは 'Amakihi  。茶色っぽい 'Elepaio  。ハワイ産のツグミ 'Oma'o  。コンパクトカメラじゃ写らないのはわかっているのについ撮りまくり、意味不明のショット(木が写ってるだけ。あとで見てもどこに鳥がいるかわからない)を大量生産する。

それに混じってすごくたくさんいるのが日本産のメジロだ。オヒアの森に適応して違和感なく暮らしている。本土からのツーリストにはこれもエキゾチックな種類に見えるのだろうな・・・

2010062103

森を降りきったところでキラウェア・イキの底に到着。中央に白く続いているのがクレーターを横断するトレイルだ。足元はひびわれたアスファルト舗装という感じ。何か打ち捨てられた都市のようにも思える。だけどこの下ではまだマグマが活動しているのだ。つい早足になるのを抑えつつ無事向こう側までたどりつき、再びオヒアの森を登って帰る。

(7月17日作成の記事をバックデート)

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2010年6月19日 (土)

ハワイイ島旅行記: カラパナ~カポホ

6月19日

この日は島の東端へ向かう。まず11号線から分岐してカラパナ。以前の記事で触れた小さい教会 Star of the Sea Painted Church がここにある。マダム・ペレの怒りを逃れて避難してきたのだが、残念なことに会衆が確保できないらしく、今回はひと気がなかった。それでも貼り紙によると月に一回は礼拝が行われているらしい。

道はすぐに海沿いのレッド・ロードにつきあたるが、右側は溶岩流に呑まれ通行不能である。左折してカポホ・タイド・プールへ向かう。

ハワイ諸島は貿易風にさらされているので、つねに東側に雨が降る。農業はこちら側で発達した。逆に西側は乾燥していて天気がよく、海も透明度が高くてマリンスポーツに向いている。東側の海は降った雨が川となって土砂とともに流れ込むので、だいたいにおいて透明度は低く、ダイビングスポットは少ない。だがカポホは例外的にきれいな潮だまりがあってスノーケル初心者向けだという。

借り物のスノーケル・ギアをつけてさっそく海に入る。サンゴが硬軟とりまぜて何種類もある。大きなチョウチョウウオ、あざやかなカワハギ類、ヤガラの類、フグの類、魚に詳しくないので全部「何とかの類」だけど。満潮時にはウミガメも入ってくるそうだ。次回は新聞でタイドをチェックしてくるべし。

リーフの先は茫々たる太平洋。ハワイ諸島最東端のここから東は、アメリカ大陸まで何もない。

このあとヒロへ帰る前に近くのアハラヌイ・ビーチ・パークに寄る。浜辺に温泉がわいて、海水混じりの天然温水プールになっているところ。地元の家族連れ多し。

夜はヒロの郊外、養魚池のあるSeaside Restaurantへ。Ono fishにショウガ、ニンニク、いろんなハーブと砕いたマカダミアナッツを詰めてグリルしたものを頼む。絶品なり。窓の外の池にアマサギのねぐらあり。オオバン(アメリカオオバン)がいると思っていたが、あとで調べるとHawaiian Coot という別種とみなされているらしい。やっと固有種に出会えました。

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2010年6月18日 (金)

ハワイイ島旅行記: ヒロ

6月18日

ヒロの町を散歩・・・さびれゆく場所にしかない独特な魅力がある。昔のアメリカと、昔の日本が少しずつ残っている。今のハワイもブレンドされているんだけど、人々はだんだん去りつつあるようだ。日中のメインストリートは静まりかえっている。

街中だから鳥は移入種多し。真っ赤なノーザンカーディナルが目立つ。でかいムクドリはインドハッカ。スズメも妙に大きいと思ったらイエスズメだった。ハトはすごく小さくて(ヒヨドリくらい)東南アジア原産のゼブラ・ダヴという種類らしい。それから日本産のメジロ。ぜんぶ人間活動にともなって集まった種で、ある意味この島にいる人たちの故郷を代表しているのだな。

ホテルのそばのリリウオカラニ公園は、日本庭園を模して造られた望郷の庭。明るい海とマウナ・ケアの斜面が借景になっている不思議な場所だ。池の水は海とつながっていて熱帯魚が入り込んできている。ここにゴイサギ1羽、こいつは自然分布のようで、'Auku'u というハワイ語の名前を持っている。

松の木陰(日本産のマツじゃないけど)のベンチに腰掛けて海をながめていると、波の間から何か黒いものが一瞬顔を出し、すぐ引っ込んた。魚じゃない、丸い頭だ。そのうちまた別の場所からぴょこっと顔が出た。丸い眼が見えた気がしたが、逆光がまぶしくてよくわからない。何だ?アザラシの類にしては小さい・・・しいて言えばカワウソとかのサイズだけど、いるはずないし。

これの正体は Honu というものであった。ホヌって何?それは・・・あと数日しないとわからないのだ。帰り際に手に入れたThe Book of Honu という本が役に立ったのでひさびさに読書リストに追加。

この日の晩ごはんは、プリンス・クヒオ・プラザにあるクヒオ・グリルで。お客さんは地元率高し。ここの売りのワンパウンド・プレートを頼む。ローカルフードのラウラウ1ポンド、カルア・ポーク、ロミロミ・サーモンにココナツ・プディングと、二人でシェアしても十分な分量。ラウラウはポークとタロの葉をティの葉に包んで蒸したもの。タロの葉は軽く苦味があって体にいい感じ。満足満足

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